閼伽井庵(あかいあん)は、奈良市高畑町にある浄土宗鎮西派の寺院。閼伽井坊(あかんぼう)とも呼ばれる。寺の周辺はかつて閼伽井町と言い、1883年(明治16年)に高畠村に併合されたが、今も高畑町内の通称町名に残る。

元真言宗であったが、4代前の住職の際に浄土宗になったという。

概要

寺の来歴は定かではないが、新薬師寺及び赤穂神社と関係があるらしく、聖武天皇が眼病にかかった際、新薬師寺に祈念したところ、赤穂の神に祈りこの閼伽井の水を使うべしとの神託があったという。また吉備塚が近く、その伝承よりこのあたりで吉備真備の末孫が陰陽師として活躍したと考えられる。

寺には口伝にて、七ツ玉のソロバンを使って占いをする算易が伝わり、また本尊の木像や銅造の鎮宅霊符神(垂迹神や祭神の変更後は天之御中主神)がまつられていて、易を中心とした閼伽井庵の古い信仰が見て取れる。

江戸時代中頃には、一時廃絶していたと思わせる記録が残っているが、その後草庵が営まれ、安政の地震後再建されて、現在に至る。

伽藍等

玄関を上がって次の間が本堂と礼拝の間で、奥書院が続いている。庭の南方、奈良教育大学キャンパス内に吉備塚が見える。また庫裏の一角、格子窓の下に閼伽井があり、いまも清水をたたえる。

本堂須弥壇の中央に、本尊阿弥陀如来坐像と両脇侍をまつり、右脇壇に阿弥陀如来立像と浄土宗の祖師・善導大師と円光大師をまつる。左脇壇には、厨子内に木像鎮宅神像と銅造鎮宅霊符神を安置する。

その他にも内仏として不動明王や弘法大師像がある。

現在の建物は1960年(昭和35年)新築のものであるが、前身は明治中期の建築で、さらにその前の建築は安政地震で倒壊したと伝わる。

出典

参考文献

  • 奈良市史編集審議会編『奈良市史 社寺編』、吉川弘文館、1985、p.121
  • 『日本歴史地名大系. 第30巻 (奈良県の地名)』 (平凡社 1981年) p.521

関連項目

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